千葉地方裁判所 昭和40年(ワ)223号 判決 1967年3月31日
原告 平川正吉
被告 千葉市長
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告
被告が千葉市新町三〇五番地所在仮符号一四ブロツク一〇号面積一二〇・七四六平方メートル(三六・五九坪、別紙図面参照)の保留地につき、昭和三八年一〇月二日付をもつてなした千建都第五一一号「保留地払下げについて」の払下げ決定ならびにこれに基づく同年一二月二〇日をもつてなした売渡し処分をいずれも取り消す、訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告
原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
(請求原因)
一、原告
(一) 被告は、千葉市新町三〇五番地所在仮符号一四ブロツク一〇号面積一二〇・七四六平方メートル(三六・五九坪、別紙図面参照)の保留地(以下本件保留地という。)につき、土地区画整理法第一〇八条第一項、千葉都市計画登戸土地区画整理事業施行規程第七条に基づいて、訴外石橋善左衛門に対し、昭和三八年一〇月二日付をもつて千建都第五一一号「保留地払下げについて」の払下げ決定およびこれに基づき同年一二月二〇日付をもつて売渡し処分をなした。
(二) ところが、被告の前記払下げ決定および売渡し処分は以下に述べる理由により違法なものであるからこれを取り消すべきである。すなわち、
原告は被告に対し、昭和三六年五月二〇日付で千葉都市計画登戸土地区画整理事業施行規程第七条第二項第五号に基づき、地区内の権利者として同事業による本件保留地の払下げを申請し、右は同月二五日被告において受理された。これに対し被告は同年八月三日、同年七月三一日付千建都第二〇二号「保留地払下げ申請書について」と題する文書をもつて、原告の右申請につき区画整理審議会において審議の結果、申請理由が認められないと原告に通知するとともに右申請書を返送してきた。しかしながら、原告の右申請につきその理由が認められないとすることは、前記規程第七条第二項各号に定める保留地の処分規定からしてあり得ないことである。すなわち、原告の右申請以前の昭和三五年五月七日前記石橋が被告に対し前記規程第七条第二項第五号所定の地区内の権利者として本件保留地の払下げ申請をなしていて被告がこれを受理していたものであるから、被告は同規程第七条第三項の定めるところに従い原告と右石橋との指名競争入札の方法により本件保留地の処分をしなければならないものである。しかるに、被告は右規定に違反して指名競争人札の方法によらずに第一項において述べたように右石橋に対して本件保留地の売渡し処分をなしたものである。さらに被告は、原告の前記申請書の返送についての問い合わせに対し、原告のほか地区内の権利者として本件保留地の払下げ申請者がなく、未だこれを払下げる段階にないので一応原告の申請書を返送したが、地区内の権利者に払下げる場合は指名競争入札の方法をとり、原告にも事前に連絡する旨返答しているのである。そこで、原告は被告からの連絡があるものと信じてこれを待つていたものであるが、被告はこれをなすことなく石橋に対し売渡し処分をなしたものである。したがつて、被告のなした第一項に述べた石橋に対する本件保留地の売渡し処分は前記規程第七条第二項第五号、第三項、土地区画整理法第一〇八条に違反する違法なものである。
(三) そこで、原告は千葉県知事に対し昭和三九年一〇月三日付で前記被告の処分に対する不服申立てをなし、同月六日受理されたところ、同知事は同年一二月二四日付で原告の右申立てを却下するとの裁決をなし、同月二六日その旨原告に通知してきたので、原告はさらに、昭和四〇年三月一日付で建設大臣に対し右裁決に対する不服申立てをなし、同日受理されたが、同大臣は同年五月三一日付で原告の右申立ては不服申立て期間を徒過しているとしてこれを却下し、同年六月八日その旨原告に通知してきた。よつて、原告は、被告の第一項に述べた処分の取消しを求めるため本訴におよんだものである。
(本案前の主張に対する答弁)
被告がなした石橋善左衛門に対する保留地の処分は、行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」である。すなわち、
本件保留地の処分は、土地区画整理法第一〇八条および千葉都市計画登戸土地区画整理事業施行規程第七条によつて被告がなしたものであるが、もともと行政庁が行なう行為は法令に従わなければならないものであつて、特にそのことを明文を設けて規定するまでもないところである。それにもかかわらず、土地区画整理法第一〇八条が設けられているということは、保留地の処分が行政処分であることを示すものである。そして、同法条によると、保留地の処分はこれを定めた目的のために、その目的に適合し、かつ施行規程で定める方法に従つて処分しなければならないものであるが、このことは保留地の処分が公共目的達成のため、公共的見地に従つてなされなければならない公権力の発動としての行政処分であることを規定しているものである。さらに、同法条は施行者が市町村または市町村長であるときは、民法上の売買行為である市町村の財産処分に関する法令の規定を適用しない旨規定しているが、このことも保留地の処分が民法上の売買ではなくして行政処分であることを示すものである。なお、土地区画整理法第三条第一、二項の規定により施行する土地区画整理事業の施行者のなす保留地の処分については、同法第一〇八条その他同法の各条文においてなんら規定していないことも、被告のなした保留地の処分が行政処分であることを示すものである。また、千葉都市計画登戸土地区画整理事業施行規程第七条第二項第五号によれば、地区内の権利者は当然保留地の払下げを受ける権利を有するものであるが、被告が右権利者のうちいずれに保留地の払下げをなすかについて決定するのは、その優越的地位において公権力を発動するものである。そして、同規程同条をみるに民法上の売買に関する規定は全くなく、むしろ公共的見地から保留地の処分をなす旨の規定となつていることも、被告のなした本件保留地の処分が公権力の発動としての行政処分であることを示している。
さらに、同規程第七条第二項により被告が保留地を処分するには土地区画整理審議会の意見をきかなければならないことになつているが、同審議会は土地区画整理法第五六条第三項により公権力を与えられているので、同審議会が保留地の処分に関与することはすなわち右公権力を行使するものであつて、保留地の処分自体も公権力を行使するものであるというべきである。
以上の理由により、被告がなした本件保留地の処分は、行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」であり、本件訴えは適法である。
二、被告
(本案前の主張)
保留地は土地区画整理法第九六条により定めることができるものであつて、その処分は同法第一〇八条に基づいてなされるものであるが、この場合市町村のそれぞれの財産の処分に関する法令の規定は適用されず、特別の処分とされるものである。したがつて、右保留地の処分は行政庁がなすものではあつても、公権力の行使としてなすものではなく、行政庁と相手方とが対等の立場に立つてなす私法上の売買契約であり、行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の公権力の行使」に当たらない。よつて、本件訴えは抗告訴訟の対象たり得ないものを対象としているものであつて不適法なものであるから却下すべきである。
(請求原因に対する答弁)
(一) 請求原因第一項の事実は認める。
(二) 同第二項の事実中、原告がその主張のような申請をなし、被告が原告主張のような理由で右申請書を返送したことは認めるが、その余の点は否認する。
(三) 同第三項の事実は認める。
(抗弁)
被告が石橋善左衛門に対し本件保留地を払下げたのは、土地区画整理法第九六条、第一〇八条および千葉都市計画登戸土地区画整理事業施行規程(昭和三四年千葉市条例第四六号)第七条に基づき、千葉都市計画登戸土地区画整理審議会の意見を聴取してなしたものであつて適法なものである。すなわち、同規程第七条第二項第五号の定める「地区内の権利者」とは、被告が右審議会の意見を聴取して決定するものであつて、単なる申請者を指すものではなく、右のようにして被告が決定した権利者が二名以上ある場合において同規程第七条第三項により指名競争入札をなすことになるものである。ところが、原告は右のような被告の決定を必要とせず、単なる申請者が二名以上ある場合に当然右指名競争入札の方法によるべきものであるとして、前記被告の石橋に対する払下げが違法であると主張するものであつて、右の点において誤りがあり理由のないものである。
理由
(本案前の主張に対する判断)
土地区画整理法第九六条第二項によると、都道府県または市町村が施行する土地区画整理事業(同法第三条第三項)の換地計画においては、その土地区画整理事業の施行後の宅地の価額の総額がその土地区画整理事業の施行前の宅地の価額の総額をこえる場合においては、土地区画整理事業の施行の費用に充てるため、その差額に相当する金額をこえない価格の一定の土地を換地として定めないで、その土地を保留地として定めることができることになつており、同法第一〇四条第九項にると、右保留地は同法第一〇三条第四項により部道府県知事がなす換地処分があつた旨の公告のなされた日の翌日において施行者がこれを取得するものであつて、同法第一〇八条によると、右施行者は右保留地を、当該保留地を定めた目的のために、その目的に適合し、かつ、施行規定で定める方法に従つて処分しなければならず、この場合施行者が市町村であるときは、市町村の財産の処分に関する法令の規定は適用しないことになつている。以上によると、土地区画整理事業の施行者は、その有する保留地を右事業の施行の費用に充てる目的で一定の要件のもとに処分することができるものであつて、右施行者が行政庁であつても、右処分は行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為ということはできず、行政庁と右処分を受ける者との間の契約関係にすぎないものということができる。そうすると、保留地の処分は行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」ということができず、したがつて、保留地の処分の取消しを求める抗告訴訟は、不適法であつて許されないものというべきである。
よつて、この点に関する被告の主張は理由があり、被告がなした本件保留地の処分の取消しを求める原告の本件訴えは不適法で許されないものである。
(結論)
以上の次第で、原告の本件訴えはさらに本案につき判断を進めるまでもなく、右の点において不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 堀部勇二 渡辺昭 片岡安夫)
(別紙図面省略)